ぱっとしない天気だが去年復元された増毛山道が気になる。
増毛山道は今から160年前に増毛〜雄冬間の断崖を迂回すべく開削された道だが険しさから昭和初期には廃道化したようだ。
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待ち合わせの石狩は結構な雨だが予報を信じて増毛に向かった。
どうせなら別苅まで一気に歩きたいが記録がないので取り敢えず岩尾温泉に車をデポする。
未練たらしく別苅から岩尾までバスを使う手もあるなと時刻表を見たら朝一本あるだけだった。
タケノコ採りの車とすれ違うたび冷や冷やしながら幌の林道を走り、大阪山を回り込んだ山道の起点に車をデポする。
身支度して出発すると雨後の筍とは言ったのもですぐにザックがパンパンになってしまった。
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明治時代の水準点を確認しながら2時間程で浜益御殿に到着した。
駅逓でもあったのかと思っていたが「山道を登って漸く眺めが得られる場所」からそう呼ばれたとか、
道脇に道内で一番高い水準点が設置されていた。
浜益御殿のピークまで刈り分けが延びているが三角点「点名:牛石(ベコイシ)」は分からなかった。
無積雪期に登るのは初めてでハイマツ越しの展望も良さげだが今日は生憎すっきりしない浜益岳を望むだけである。
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山道に標識の類は一切無いがよくこんな山奥まで・・笹狩りの労に頭が下がる。
道は所々雪渓に覆われ、枝の鋸目やピンテを目印に進む。
雪解け間もない道には水芭蕉が咲き、ネギに元気付けられる。
そしてどんどん青空が広がってカンバの枝越しにひょっこり顔を出したのは天狗山でなく雄冬山だった。
「まだ結構遠いなあー」「半分も歩いてないよー」
別苅迄なんて無理な話で岩尾温泉に車をデポして良かったとホッとする。
道は所々深くえぐれて歩き難いが元々こんなものだったのではと思う。
コルから雄冬山の直下まで所々残雪のトラバース、正面に暑寒別岳を望む良い景色の筈だが残念だ。
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そして漸く雄冬山の直下1070mに到着、刈り分けでもあるのか藪が薄い。
山頂まで100mちょっとだから空身で行ってみる。
藪が薄かったのは出だしだけで笹とハイマツに頭が隠れ、その後は雪渓からピークに到着した。
山頂は胸程のハイマツに覆われ、一番高い場所と開けた南端で三角点を探すが見付からない。
雲の間に海を望むのが精々でここも無積雪期に訪れたのが初めてで嬉しい。
いずれ山道から刈り分けが延びることを期待して二人が待つ元へ、往復30分もあればと思ったが倍も経っていた。
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山道の後半ではシラネアオイ、ツバメオモト、サンカヨウ、スミレ、オオサクラソウが目を楽しませる。
岩尾分岐が近づくと一級の道となり、途中に台座のような苔生す石碑が建っていた。
分岐からの下りは1/4が林道でまだ虫がいなくて幸い、ウドやフキを頂戴しながらちんたら歩く。
そしてやっと100番のゴールに到着、たかが山道と少しなめて掛かったがタフな道だった。
もしタケノコに目もくれず雄冬山もスルーしていたら一気に別苅まで可能だったと思うがここはやはり時間を気にせず歩きたい場所である。
幌の麓にデポした車を回収しながら下の神社から出発した先人の健脚ぶりに感服、それに比べ現代人のひ弱さを痛感する。
(今は幌の神社が山道の起点となり、また雄冬山にも刈り分けが付けられている)
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<翌年の 増毛山道後半(岩尾〜別苅) はこちら>
<2012年の 濃昼山道 はこちら>