神威岳〜ソエマツ岳〜ピリカヌプリ〜トヨニ岳 1600m〜1625m〜1631m〜1493m (南日高)  ■Home
       2009年5月 メンバー2名
       5/3 曇り 神威山荘6:40→尾根取付き9:30→P1520C1・13:05
       5/4 曇り C1・5:20→神威岳5:35→ソエマツ岳12:10→P1471C2・15:05
       5/5 曇り C2・5:25→ピリカヌプリ6:45→トヨニ岳北峰10:20→トヨニ岳11:10→P1268・14:30→野塚トンネル北口15:20

日高山脈の主稜線を繋ぎたいと毎年少しずつ歩いてきたがハードルの高い区間ばかりが残ってしまった。 単独で行ける山域ではないので相手を見つけなければならないがこれが大変である。 日高を繋げようと思ってる人などそうざらにいないし、 一度縦走を終えた人はそう易々と付き合ってくれない。 さて今年のGWは如何しよう?と考えているとSさんから「また一緒にやらないか?」とお誘いが掛かった。 所属する山岳会は異なるが以前GWにカムエクからコイカクまで縦走しているので余計な心配が要らない。 さてルートを決める段になって神威岳〜ソエマツをピストンするかトヨニ岳まで一気に抜けるか迷う。 私はソエマツからピリカヌプリが終わって、相手はピリカヌプリ〜トヨニが終わっていると言う。 早い話、二人とも一番厄介な神威岳〜ソエマツ岳が残ってる訳で神威岳からトヨニ岳へ抜ける計画で話が落ち着く。 思えば名峰と呼ばれる南日高三山の神威岳、ソエマツ岳、ピリカヌプリを歩く贅沢な山旅だが日高一級の難コースでもあり気が昂ぶる。


雰囲気の変わった山荘周辺と雪が気になる山々    一旦は雪で埋まった沢が上流で再び開けてしまった   神威岳でC1、雪は十分だがいつも天気と相性が悪い

5/3 曇り 
神威橋を渡ると3kmでゲート、ここから14km歩くと山荘である。 数日前のドカ雪は微塵もなく消え、コゴミの芽が路肩一杯に出ていた。 山の奥に進むほど伐採が進んで景観の変わった様に驚かされる。 特に対岸の虎刈りになった山肌が痛々しい。 暫くすると中ノ岳の鋭鋒が聳え次にニシュオマナイ岳が現れると道の先に山荘が現れほっとした。 さて私は徒渉用の地下足袋を忘れてしまったが川の流れは夏の様相を見せていた。 ズボンを捲くって裸足で入ろうとすると先に渡ったSさんが沢足袋を放り投げてくれた。 水に入ったとたん冷たさが突き上げるが腿まで達する流れに転ばぬよう必死である。 渡り終えても暫く足の痺れが止まないがやれやれ第一関門突破である。 沢沿いの道を進むSさんのひょこひょこした足取りが速い。 ザックは同じ位い重い筈で小柄な体の何処にこんなエネルギーがあるのか不思議だ。 予定ではそろそろ左岸に渡って・885のコルへ登りあとは・1250の尾根通しにP1475辺りでC1の筈だった。 だがこの雪の状態を見れば夏尾根を登った方が良いのは明らかでc440二股を暗黙の了解で通過した。 それにしてもこんなに徒渉が多かったか?今まで何とか靴を濡らさず渡ってきたが一度水に浸かってしまうと気が楽になった。 沢はc600mを過ぎると雪が埋まって昨日の消えかけた足跡が夏尾根に付いていた。 思ったより雪があるのは先日の大雪のせいだろう。 たまにクラックから笹が出てるが状態が良くてありがたい。 それにしても過酷とも言える急登とキックステップの連続に足が泣く。 しかもガスでどんどん視界が悪くなり、風の当たらぬ斜面を選んで標高を上げるが雨まで降り出しては急いでテント場を探さなければならない。 たしか良い場所があった筈だ、記憶を頼りに登っていくと山頂まであと100mの陵線に昨日のテント跡が残っていた。 晴れていれば中岳やペテガリ岳が見える絶好の場所だが明日に期待するしかない。 テントの中で一杯やりながらびしょ濡れのズボンや衣類を吊るすと数時間でからからに乾く。 軽量化のためビール1缶とウィスキー1本しか持ってこなかったが予備日に入ったら酒が足りないなぁー、 そんな心配が無用のSさんが羨ましい。 ビールを提供するとたちまち寝息を立てていた。 主陵線はアンテナ3本、ラジオの感度も抜群で日ハムの試合が延長に入り稲葉のサヨナラホームランで酒の量が一気に減った。 お米を焚きマカロニを茹でた汁でシチュウーを作ったらこくが出て美味しかった。 食べ終えてからシチュウーに入れる肉と野菜の包みがザックから出てきたがもう遅い。 夏用シェラフのせいか夜中は寒くて何度か目が覚めた。


 展望は今回もお預け,いよいよ核心部の領域へ   C2からすっかり青空の広がったピリカヌプリを望む   ソエマツ岳も茜色のシルエットに染まっていく

5/4 曇り
視界は終日30m-50mのホワイトアウトで朝から風が強い。 一昨日の先行者はペテガリ岳に向ったのか足跡が無くなってちょっと寂しい。 さていよいよ核心の陵線だが神威岳の山頂からいきなり先の見えない細尾根の急降下で怖い。 本当にやばい所にきてしまったという実感が湧いたがもう帰るには遅くアイゼンとピッケルだけが頼りだった。 そうかと思うと無限に思える登りに眩暈がする。 更に歩幅、靴幅のリッジが頻繁に現れ神経が磨り減った。 リッジを歩いてる最中に突然後ろのSさんがもんどり打って転び一瞬心臓が止った。 どうやらアイゼンの刃を枝に引っ掛けたようだ。 ガスで谷底は見えないが両サイドどちらに転んでも間違いなくあの世行きである。 普段疎かにしているご先祖様にどうかご加護がありますようにと拝む。 また気をつけてはいたが2回のルートミス、何れも降る先が崖になって気が付く。 ガス中とは言え山脈が一本の陵線という思い込みがあったのかも知れない。 そんなこんなでソエマツ岳まで5時間を見込んでいたが7時間も掛かりヘトヘトである。 折角の山頂も寒くて居た堪れずすぐさまピリカヌプリに向って歩き出した。 暫くするとガスが薄れいきなり日高らしい景観が現れ二人して感嘆の声を上げた。 それと同時に足下の崖も顕わになってこんな所を歩いてきたのかと身が縮む。 おまけにヌビナイ川の源頭から吹き上げる風に吹き飛ばされそうだ。 それでも陵線は神威岳〜ソエマツより歩き易く予定のペースは取り戻せそうである。 この分だとピリカヌプリを越えれるかも、  私は少しでも歩を進めたかったがSさんが早々とテントを張ろうと言い出す。 この風ではピリカ山頂にテントを張るのは止めた方が良いとの意見に従ってP1471の手前を今晩のお宿とした。 いつの間にかすっかり雲が取れ、夕日に染まるピリカヌプリが美しい。  今日の食当はSさんの番だが「すまない、下界に鍋ごと米とカレーの材料を忘れてきた」と言う。 「えーっ」絶句して言葉も出なかった。 昨日の余りご飯をおかゆにして塩と古いスープなどを入れて分け合った。 家では絶対食う気になれないが美味しく頂けるものである。 いつも大量に余るパンや食料だが完食し予備食の有り難味が分る。 日ハムが連勝したが遂に酒が尽き、明日は何としても下山しなければならない。


  ピリカ山頂、天気は南日高三山全てに見放された トヨニ山頂で視界が戻る、前にピラミダルな山々が並ぶ 最後の登りが堪えた、後のトヨニもなかなか格好良い

5/5 曇り
今朝もホワイトアウトの出発だがピリカヌプリまでだらだらした200mの登りが辛い。 山頂は寒く、頭の出た石杭と倒れた標木に並んで写真を撮ったら即下山である。 下降は急だか陵線は丸みを帯びハイマツを掴んで下降する。 右側は断崖が強烈な落ち込みを見せていた。 ハイ松の陵上にはシカ道が延び、雪も続いて南に行くほど順調にペースが上がる。 途中でピリカヌプリを目指すガイドパーティーとすれ違ってからは抜かる回数が減り大助かりである。 広い雪稜のテントは彼らの物でもう一泊すると言ってたが明日から天気が悪化するはずである。 途中の小ピーク1512の長い登りに耐えるとそこからあっけなくトヨニ北峰に辿り着いた。 結構な足跡がついてトヨニ岳までそれなりに人がきたようだ。 南峰を過ぎ雪はいいだけ腐ってしまったが天気が良くなって野塚岳やオムシャヌプリのピラミダルな山容を堪能する。 トンネル北口へ降る下降尾根にデポ旗が立っていたが少し先の1268Pまで付き合ってもらった。 この間は私だけが未踏部として残っていたもので最後の急登が倍以上の登りに感じられた。 ああこれで楽古岳から神威岳まで繋がった。久々にきつい山行だったが充実感と達成感で一杯である。 次に神威岳からペテガリを終えればいよいよ楽古岳から日勝峠の主稜線が全部繋がる・・ トンネルへ下りながら早くも来年のGWに想いは飛んでいた。

<2011 神威岳〜ペテガリ岳 日高山脈縦走 はこちら>

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